hogeとはワイルドカードのようなものです。日々起こった、さまざまなこと −すなわちワイルドカード− を取り上げて日記を書く、という意味で名付けたのかというとそうでもありません。適当に決めたらこんな理由が浮かんできました。
02/17/2011 んー [長年日記]
■ [戯言] 判断
使えば使うほどに汚くなる雑巾のように,ソフトウェアもリポジトリもシステムも,度重なるアップデートに従って汚くなる. ダーティなハックをせざるを得ずやってしまった時は,雑巾で牛乳でも拭いてしまったとでも思えばいい.
確かにコストと効果を天秤にかけたとき,ダーティでもさっと効果の出る方法に振れてしまうのは仕方がないと思うし,それはそれでもいいと今は思う (短期/長期両方のコストを何となくでも想像出来ていれば). ただ,ずっと使い込んで,もう何も拭けないばかりか拭いたら余計に汚くしてしまうような雑巾は捨ててしまうように,ある程度のところまできたらソフトウェアやシステムにも捨てるべき時が必ず来る.
雑巾は分かりやすいから捨てるべき時が比較的分かりやすいけれど,ソフトウェアやリポジトリやシステムはどうだろう. 利用者はもとより,作っている人間ですら判断がしづらいこともある.
更に,雑巾の捨てるべき時が比較的分かりやすいというのは,1 人で使っている場合に限る. 人によって価値観は様々なので,ある程度汚くなったらもう使いたくない人もいれば,すり切れるギリギリのところまで使う人もいる. ソフトウェアやリポジトリやシステムも同様で,ある人にとってはもうダメだと思われているものでも,またある人にとってはまだまだ全然いける,と思われていることもあるはず.
この「捨てるべき時」をある程度正確に判断するために,また個人差を補正するために,何らかの合意された基準が必要なんだろう. そして,人間の流動性と年単位の時間を考えて,設けた基準は定期的に見直しをかけなきゃいけないんだろうな. しかし基準を作るところまではできても,「定期的に」「見直しをかける」というところまで徹底するのは難しい. その効果が目に見える形で現れるようにしないと続かない.
基準を作らずにどうにかする方法は,他にはもうスーパーカーチャンメソッドを使う形くらいしか思いつかない. つまり,「アンタまだこんな汚い雑巾使って! 新しいのに替えなさい!!」「新しい綺麗な服が欲しい? まだ充分着られるじゃないの! 贅沢言わないで!!」というやつだ. 上位層が権力を振るって半ば強制的に「捨てるべき時」を決める. ただしこれは往々にして不満を生みやすく,うまくいかないことも多そうだ. 「カーチャン」がその「雑巾」の状態をきちんと理解できているという前提条件も満たしている必要がある.
うーん,ただ雑巾とソフトウェアをかけて何か小話でも展開してやろうと思っただけなのに,何を今更当たり前のことを,という感じにオチてしまった.
タイムリーにninix-ayaでスーパーカーチャンメソッド発動予定です.
おお,そうなんですか.
今回ばかりはカーチャンも勘弁してくれないというわけですね!!